隣のポルシェ

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鉄道オタクの夫に付き合って、撮り鉄に向かう。



早朝に車に乗り込み、目的地を目指す。



夫の車は一般的な四駆。



新卒入社5年目のサラリーマンの夫の収入に見合った車。



片側二車線の幹線道路を進む。



「今日はどんなのを撮るの?」



例え夫が答えても、その答えを私は理解できない。



それでもあえてこの質問をする。



「今日はいつもと違うんだ。ナントカカントカっていう車両がパンタグラフがうんたらかんたらして走る」



やはり私に鉄道の知識があれば分かるのだろうけど、知識がないために全く理解できない。



「そうなんだ」



だから私はそう答えるしかない。



私はただ助手席に座って目的地に到着するのを待つだけ。



スマホのバイブが鳴る。



画面を開くと、仕事関係の連絡が入っている。



スマホをタップして返信をする。



「仕事でこんなことがあって……」



なんとはなしに、私は自分の仕事の話をしはじめた。



「ふぅん」



夫は運転しながら私の話に適当にあいづちを打つ。



最近仕事が忙しい私。



収入が不安定な働き方でもあるから、忙しいことはありがたいことでもある。



そんな私を夫は支えてくれている。



しかし二人の時間が十分に取れていないのも事実だった。



こうして二人でゆっくりと過ごすのは久しぶりのことだった。



「夫婦のコミュニケーション不足が不倫を招く」



そんな言葉が脳裏に浮かぶ。



「お、すげぇ!」



突然夫が声をあげた。



「どうしたの?」



「前の車、ポルシェだ!」



夫に言われるように前方の車を見ると、確かにそこにはポルシェがあった。



ポルシェは道路の左側を、すべるように走っていた。



ごくごく平均的な生活をしている私たちの中では「ポルシェはお金持ちが乗るもの」というイメージが強い。



「あの中には金持ちがいるのかな?」



二人でそんなことを言い合った。



交差点の赤信号。



道路の右側を走っていた夫は緩くブレーキを踏み、丁寧に車を止める。



隣には例のポルシェがいた。



中をのぞくと、運転席には初老の男性が。



そして助手席には初老の女性が。



「夫婦かな」



それを見て、私はつぶやいた。



「多分。いいな。人生楽しそうで」



夫もつぶやいた。



果たして私たち夫婦が仕事を頑張ったら、ポルシェが買えるのだろうか。



あの夫婦のように、私たちはなれるのだろうか。



「いいな、ああいう夫婦」



「そうだな」



「うちらもなれるかな?」



「なれるんじゃない」



仕事で忙しく、ゆっくりと話せる時間が減りつつある中。



ポルシェの老夫婦は私たちに会話を与えてくれた。








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