どんより空


空にべっとりと張り付くような雲。



湿った風。



平年よりも高い気温。



「寒いだろう」と思ってセーターを着てきたことを後悔する。



汗ばむ首元を私は指で軽くひっかいた。



こういう空は一番苦手だ。



いっそのこと雨が降ってくれた方がいい。



「雨が降るか降らないか」という曖昧な天気の日には犯罪も増えると聞いたこともある。



曖昧な状況が続くというのは何かと人間にとってストレスらしい。



私も例外ではなく、その空にどうにもならない苛立ちを感じてしまう。



用事を済ませた私は足早に駅に向かった。



電車に乗り込み、ようやくほっと一息つける。



15時過ぎ。



まだまだ一日は長い。



残りの一日をどう過ごすか。



「時間を無駄にしてはいけない」



書店の自己啓発本の棚の8割には書いてありそうな文句。



毎日SNSを開いていれば一日一回は目にしそうな文句。



15時すぎの電車の中で、べっとりと空にはりついた雲を眺めると、心の中にその文句が浮かんでくる。



「そうだよね……」



ぐったりと座席に体をゆだねながらも、私はその文句にうなずくしかなかった。



自宅最寄り駅まで到着し、自転車に乗る。



電車の乗車時間は30分。



空模様は変わる気配を見せない。



曖昧な状況は長引けば長引くほどストレスになる。



もう一度私はセーターを着てきたことを後悔しながら、汗ばんだ首元を指先でひっかいた。



何事もなく、自宅に到着する。



時計を見ると16時。



「時間を無駄にしてはいけない」



そこらじゅうに落ちている文句が再び脳裏をよぎる。



やらなければならない仕事がないわけではない。



それでも私はお湯を沸かし始めた。



お湯が沸くまでの間は洗顔をしてメイクを落とす。



洗顔を終えた頃、ちょうどお湯が沸く。



ミントティーのティーバッグをセットしてお湯を注ぐ。



蒸らし時間は5分。



スマホで5分を計って待機。



その間外出時に使っていたバッグを片付けたり、上着をハンガーにかける。



タイマーが5分経過したことを告げる。



ティーバッグを外し、私はカップを持ったままソファに体を沈めた。



窓の外には相変わらずの空模様が広がっている。



カップから漂う湯気はミントの爽やかな香りを漂わせていた。



私はそれを思い切り胸に吸い込んだ。



「時間を無駄にしてはいけない」



「知るかそんなもん」



脳内で一人問答をする。








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