節目

「起きろ。起きないとおいていくぞ」



日曜の早朝に夫に起こされる。



「やだ」



そう返事をしながら私はぼんやりとしたまま上体を起こした。



鉄道オタクの夫は早朝から近所の沿線に鉄道撮影に行くつもりだ。



前日にそう告げられたので、私もついていくことにした。



それでも朝早くから起きて動き出すのは辛いものがある。



私はぼんやりとしたまま服を着替え、荷物をまとめ、ぼんやりとしたまま車に乗った。



まだ日は昇っていない。



上空には群青色の空が広がる。



しかし東の地平線は一筋の金色の線となって輝いていた。



夫が目的の撮影スポットまで車を走らせる。



「空がきれい」



私がつぶやくと、



「そうだな」



と返ってくる。



目的地にはすぐにたどり着いた。



自宅最寄りの私鉄の沿線。



私が出かける時には必ず使う路線。



「寒い」



車から降りて私は思わず寒さに身震いした。



夫は何も言わず、撮影場所を確認する。



沿線を歩き回り、カメラを構え、アングルを定める。



一歩前進してカメラを構え、二歩後退してカメラを構え、今度は右に半歩移動する。



その作業を繰り返し、この日の撮影ポイントを決める。



決めたらそこに三脚を立てる。



ちょっとした風では倒れないような、重量のある大きな三脚。



「いいものを買った」



数年前この三脚を買ったことを報告してきた夫の顔を思い出した。



三脚の脚を伸ばし、立てる。



上に乗せるカメラが水平になるよう、脚の長さには注意する。



カメラをセットし、今一度画面を確認する。



空、背景、そしてこれから目の前の線路を走る電車の車体がバランスよく画面に収まるよう調整しているのだろう。



「あと何分?」



「あと3分」



私の問いに、夫は軽く時計を一瞥して答える。



時計を見た後は再びカメラ。



私を見ることはない。



寒さに震えながら、私は3分が過ぎるのを待つ。



踏切が鳴る音が聞こえる。



すぐ近くの踏切の音だ。



夫は顔をカメラに密着させたまま動かなくなる。



電車が近づく音が聞こえる。



朝日がちょうど昇っていた。



車体が金色の光を反射する。



一筋の光になり、轟音とともに私たちの脇をすり抜けていった。



電車が完全に通過するまで夫はシャッターを切り続ける。



「ふぅ……」



夫がため息と共に顔を上げた。



「いいの撮れた?」



「うん」



カメラから体を離し、私にディスプレイを見せる。



そこには青空の下、金色に輝く電車が写されていた。



いつも私が使っている電車。



「さすが!」



はしゃぐ私の横で、夫はカメラと三脚を片付け始める。



「今日は……」



もごもごと私は口の中で



「結婚記念日だったな」



撤収作業をしながら夫は私の言葉の先を言った。 










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