砂塵
昨夜は雨が降った。
私はすでに眠っていたが、深夜には激しい雨が地面を叩きつけていたらしい。
朝、その名残を感じさせる空が広がっていた。
雨で空気中の塵が落ちたのか、空気はすっきりと澄んでいるが、上空にはまだ雨の名残を残した薄い灰色の雲が浮かんでいた。
大きく息を吸い込むと、湿った地面の匂いで肺が満たされる。
「路面のコンディションは大丈夫だろうか」
駅に向かう道すがら、私は今日の仕事のことを考える。
今日は単発のレースクイーンの仕事がある。
地元のサーキットで開催されるバイクレースの全国大会だ。
運転は下手だが、濡れた路面を高速で走ることの危険性は予想できる。
安全に大会が開催されることを願うばかりだった。
サーキットに着き、指定されたレースクイーンの衣装を身につける。
ブラトップとショートパンツ。
「こんなお腹を出した格好で人前に出られるのはあと何年くらいだろう」
着替えながらそんなことを考え、自分の卑屈さに気づき自嘲した。
事前のルール確認も済ませ、大会出場者や観衆に向けて「本日のレースクイーン」としての挨拶もした。
あとはそれぞれのレースが始まる直前に、スタートライン上でスタートまでのカウントダウン表示を掲げるのが私の仕事。
空気は乾燥していた。
乾燥からなのかか、冬の予感の涼しさからなのか、私の肌がかすかにぴりぴりとする。
今朝の私の心配をよそに、路面は乾いているようだった。
「それでは3分前」
私は「3min」と書かれたボードを持ち、スタートラインに立つ。
頭上にボードを掲げ、レーサーや観衆たちに見せる。
掲げたボードを下げ、私は一旦コースの脇に戻る。
目の前のレーサーたちの緊張の高まりを背中に感じた。
「それでは1分前」
再び私はスタートラインに立つ。
今度は「1min」と書かれたボードを掲げて。
レーサーたちは一斉にエンジンをふかし始めた。
その音が地面を伝い、私の脚を震わせる。
私はコース脇に戻り、レースを眺めた。
スタートの合図があり、レースはスタートした。
エンジンの轟音が団子になって空気を震わせ、コース脇に控えている私に襲いかかる。
私は全身でその音を受けた。
先頭を取るため、レーサーたちが一気に走り始める。
レーサーたちはあっという間に私の前を通り過ぎた。
後には風に漂う排気ガスの臭いと、舞い上がった砂塵だけが残された。
砂塵はゆっくりと空中を舞い、静かに落ちていく。
単発のレースクイーンである私は、その砂塵が舞う様を眺めていた。
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